【歌詞解説】Idioteque / Radiohead – 子供が先だ、子供が先、子供が…

『Idioteque』の印象的なシンセサイザーのリフは、メインギターのジョニー・グリーンウッドがポール・ランスキーの『Mild Und Leise』(1976年発表)の一節をサンプリングしたもの。

 (↑該当箇所の43秒から再生します)

Idioteque – いまここで起きている恐怖

この曲は自分たちを決定的に損なう何かに対する恐怖を描いています。

シェルター(bunker)にいるのは誰だ 
女子供が先だ 女子供が先 女子供が先

bunkerは核実験の観測施設です。

「防空壕」だと被害者のニュアンスが出てしまうので、上記ではあえて「シェルター」と訳しています。冒頭の一節は、逃げ惑う人たちを揶揄したものではなく、最悪の兵器で世の中を混沌へと突き落としておきながら、それを安全なところで見ている人間たちへの怒りなのです。

続く歌詞も、彼らの違う側面への皮肉です。

俺は頭がもげるまで笑ってるだろう
俺はきっと破裂するまで飲み込むんだ 破裂するまで 破裂する

(中略)

金を持って逃げろ
金を持って逃げろ 金を持って

彼らが何を「飲み込む」のかというと、それはきっと金です。軍事力と経済力は同義です。世の中を牛耳る人間たちは兵器をちらつかせ、世界中のお金を手中に収めます。彼らは全てを飲み込むまで満足しないようです。それこそ人類が破滅するまで。

もう俺は十分見てきた 
いやまだ俺には何も見えちゃいない お前にも

トムはこんな世界の負の面を前に「もう十分だ」と考えます。でもすぐさま「まだ何も見えちゃいない」と自己否定します。彼は「いまの世界は間違っているが、正しい世界も必ずあるはずだ」と信じているのです。ジョン・レノンが『Imagine』で示したテーマをたった一文で表現するあたり、トムの文才には本当に驚かされます…。

氷河期=冷戦の時代?それとも?

サビでトムとエドがファルセットを奏でた後、すぐに2番が始まります。曲の後半ではより具体的な言及を始めます。

氷河期がくる 氷河期がくる
双方の意見を聞かせろ

(中略)

俺は陰謀論者じゃない!
これは本当に起きていることだ! 

冒頭の「bunker」という言葉選びから、この一節は私たちに核戦争を想起させます。まずは「氷河期」を「冷戦」として捉えてみましょう。「双方」というのは言うまでもなくアメリカとソ連、資本主義対共産主義の対比です。お互いがお互いの主張を繰り返し、決して歩み寄ることがない世界。スイッチ一つで人類は滅亡するという圧倒的恐怖。にも関わらずどちらかの陣営(国)にいる限り、プロパガンダに支配され、何が真実なのかなんてわからない。そんな時代です。

これも一つの解釈ではありますが、トムはここに一つのレトリックを組み込んでいるように思われます。それはこの冷戦の構図を土台とした、地球温暖化への言及です。

レディオヘッドは『Kid A』というアルバム以降、政治や経済の愚かさに言及するようになりました。その矛先は戦争であったり経済搾取であったり、環境破壊であったりします。これら全てに共通するのは、この世界に人間が住めなくなるという圧倒的不可逆的な愚行ということであり、トムはその後発表する多くの楽曲を通して「いまならまだ間に合う」と警鐘を鳴らし続けているのです。

子供が先だ、子供が先、子供が…

『Idioteque』の本質的なテーマはここにあります。

映画『デイ・アフター・トゥモロー』でも描かれているように、地球温暖化の後には氷河期が来ます。科学者たちが人間の活動が温暖化を招いていると明確に提唱しているにも関わらず、多くの資本家たちは聞く耳を持ちません。現代社会は炭素の排出を土台にして作られているからです。(どこかの大統領は石油メジャーからの多額の献金を受け、地球温暖化なんてないと言い張っています)

相手の意見を聞かず、お互いが牽制しあっている現状。これはまるで形を変えた冷戦です。我々全員が生きるか死ぬかの瀬戸際にいるにもかかわらず、どちらもが次の一歩を踏み出せずにいます。このブラックコメディみたいな状況を、冷戦という人類史上最大の論争に重ね合わせることでトムは「いままさに起きていることなんだ」と表現しているのです。

人間同士の争いなんてしている暇はない。みんなが手を取り合わなければ・・・子供たちはみんな死ななければならなくなる。

子供が先だ 子供が 子供が先

二人の子を持つトムにとって、この叫びは心からの願いなのでしょう。

<あわせて読むとさらに深読み>

行き過ぎた経済活動が途上国を締め付ける姿を描いています

温暖化によって全てが流されてしまった世界を描いています

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