深読み、Radiohead通信|歌詞和訳と曲の解釈

Radioheadの歌詞を和訳してます。トムの心境やバンドのエピソードも交えながら「こう聴くとめちゃ深くなるよ」といった独自解釈を添えてます。

【歌詞和訳】Ill Wind / Radiohead - 愚かさが招いた不吉な風

『A Moon Shaped Pool』の特別版にのみ収録されたボーナストラック。
2019年1月にストリーミング配信が解禁された。
歌詞は止められない出来事を憂う内容となっている。

【歌詞】

Keep your distance
Then no harm will come

No ill wind
Will blow
Will blow

Sudden... words
Must never be spoken

An ill wind
Will blow
Will blow

Keep your cool
Do not give into emotion

An ill wind
Will blow
Will blow

 

【日本語訳】 

距離を保つんだ
そうしたら もう悪いものは来ない
不吉な風も 吹くことはない
吹くことはない

突然投げかけられた言葉
それは決して口にしてはいけない言葉

ああ 不吉な風が
吹いてくる
吹いてくる

冷静になるんだ
感情に流されるんじゃない

ああ 不吉な風が
吹いてくる
吹いてくる

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【解説】 

"ill wind"(イル・ウィンド)はイギリス英語の口語で使われるもので「悪影響を与えるもの」という意味だそうです。日本語でも「風向きが悪くなってきた」みたいに風を比喩として使いますよね、そんな感覚に近いものだと思われます。

(訳では「不吉をもたらす風」というニュアンスで捉えました)

 

過去に作られた未来の暗示

音作りはギター&ストリングスサウンドに、『In Rainbows』時代の音源をごちゃまぜにしたような構成になっています。エレクトリックピアノのアルペジオは最初期の『Arpeggi』を彷彿とさせますし、シンセサイザーのリズムは『Supercollider』のバックトラックをそのまま持ってきたかのようです。

 

 

 

『A Moon Shaped Pool』に収録されてはいるものの、この時期に作られた楽曲たちとは明らかに異なる音作りがなされています。おそらく曲自体は相当前に出来上がっていたのでしょう。

では彼らは『The King of Limbs』にも収録しなかった楽曲を、なぜ2016年になってあえてリリースしたのでしょうか?

 

不吉な風がすぐそこまで来ていた

2016年のイギリスにおける大きな出来事といえば1つしかありません。イギリスのEU離脱決定です。EU全体が難民受け入れで大混乱に陥っていた頃、唯一の島国である大国イギリスは対岸の火事から目を背ける決断をしてしまいました。
(2016年2月20日に国民投票の実施を宣言)

参考:イギリスの欧州連合離脱是非を問う国民投票 - Wikipedia

 

そして来たる2016年6月23日に国民投票が行われ、過半数の国民の賛成によりEU離脱が決定づけられました。『A Moon Shaped Pool』がリリースされたのが2016年5月8日。英国を二分する議論がなされていた、まさにそのときだったのです。

 

時代を超えた奇妙な符合

ただ前述の通り、この曲はもっと以前に作られていたはずです。私が思うに、作られた当時は歌詞も全く違う意味を帯びていたのだと思われます。(それはきっと「内なる悪から逃れたくても逃れられない。心の中に"ill wind"が吹いてくる」といったニュアンスだったのでしょう)

 

でも2016年の状況下において、この歌は奇しくも皮肉めいた意味を帯びることになりました。

 

距離を保つんだ
そうしたら もう悪いものは来ない
不吉な風も 吹くことはない

 

おそらくレディオヘッドはここに奇妙な符合を感じ取り、いまがこの曲が世に出るべき時期なのだと考えたのでしょう。(ただしアルバム自体に入れるとせっかくの世界観が崩れてしまうため、2曲しか入っていない全く別のCDとして世に出したのだと思われます)

 

イギリス国民が主権という名の「愚かさ」を振りかざして得た宝箱は、混沌を招き入れてしまうパンドラの箱でもあるのです。EU離脱により、イギリスが、欧州が、そして人類全体が不吉なものに飲み込まれつつある情景が浮かんできます。

 

冷静になるんだ
感情に流されるんじゃない

ああ 不吉な風が
吹いてくる
吹いてくる 

 

発足から25年、このまま本当にイギリスが離脱してしまえば、他の国もそれに続くでしょう。平和と調和の象徴であったはずのEUが崩壊することは、人類の敗北すら意味する未曾有の出来事になります。

 

 

正直、いまの世界情勢は何本かネジが外れたみたいです。

私たちは一体どこに向かっているのでしょうか。

 

 

ああ 不吉な風が 吹いてくる

 

 

 

 

<あわせて読むともっと深読み>

同時期のEU(世界)を象徴したような鮮烈な歌詞