深読み、Radiohead通信|歌詞和訳と曲の解釈

Radioheadの歌詞を和訳してます。トムの心境やバンドのエピソードも交えながら「こう聴くとめちゃ深くなるよ」といった独自解釈を添えてます。

【歌詞解説】Spectre / Radiohead - レディオヘッド史上最高のアルバム未収録作品。幻のアカデミー歌曲賞の経緯を解説。

「Spectre」は、映画『007』シリーズ第24弾『Spectre』の表題曲として制作されました。
幻想的なピアノリフと重厚なストリングスが織りなす透明感。アルバム未収録楽曲中で最高クラスの完成度を誇る隠れた名曲と、アカデミー賞とのつながりを解説します。

【歌詞】

I'm lost, I'm a ghost
Dispossessed, taken host
My hunger burns a bullet hole
A spectre, my mortal soul

These rumors and suspicion
Anger is a poison

The only truth that I could see
Is when you put your lips to me
Futures tricked by the past
Spectre, how he laughs

Fear puts a spell on us
Always second-guessing love

My hunger burns a bullet hole
A spectre, my mortal soul
The only truth that I can see
Spectre has come for me

【和訳】

彷徨う 私は幽霊
家を失い 寄辺を奪われ
渇きが 銃弾の穴を燃やす
ああ亡霊よ 私の死にゆく魂よ

噂話と疑念
怒りは毒だ

私が目にした ただひとつの真実
君が私に 唇を寄せたときに気づいた
どんな未来も 過去に偽られるということに
亡霊よ ああ...その笑い方だ...

恐怖は私たちに 魔法をかける
いつも愛が 二の次になるようにと...

渇きが 銃弾の穴を燃やす
ああ亡霊よ 私の死にゆく魂よ
私が目にする ただひとつの真実...
ああ亡霊が 私を迎えに来たのだ

 

【解説】

「Spectre」(スペクター)は、2015年のジェームズ・ボンド(007)新作映画のメインテーマとして制作されました。レディオヘッドが映画の描き下ろし作品を制作するのは「ロミオとジュリエット(1996)」の主題歌「Exit Music (For a Film)」以来2度目ですね。

「Spectre」の制作経緯について

2015年某日、映画007シリーズの制作陣から、レディオヘッドのもとに、新作の主題歌を書いてほしいとオファーがきました。トム・ヨークは喜んでこれを承諾。制作陣と世界観のすり合わせなど、綿密な打ち合わせを行ったそうです。そして彼らは「Man of War」(※)を収録・提供しました。実は「Man of War」は、過去にトムがジェームズ・ボンドのテーマへのオマージュとして書いた楽曲だったのです。きっとトムは「ついにこの曲を使う日が来たか」と、ほくそ笑んだことでしょう。映画の制作陣もこの”新曲”を喜んで受け取ったそうです。

※『OK Computer』期に収録に取り組んだが、満足のいく録音ができず、以来お蔵入りになっていた。後に『OK Computer OKNOTOK 1997 2017』に収録。

 

しかしその後、事態は予想外の展開を迎えます。制作陣が「Man of War」が20年も前に書かれた楽曲だと知ったのです。そして、映画への楽曲の使用を中止しました。背景には、主題歌をアカデミー歌曲賞の候補にしたい制作陣の思惑がありました。実はアカデミー賞歌曲賞のノミネート条件として「映画のために制作されたこと」という条項があったのです。ちなみに「007」シリーズの前作『Skyfall』では、アデルが「Skyfall」という同名の書き下ろし楽曲を提供し、見事、アカデミー賞歌曲賞を受賞していました。きっと制作陣には、「2作連続の受賞なんてヤバくね?」という打算があったに違いありません。

監督のサム・メンデスは改めてレディオヘッドに 「映画のためだけに書かれたように感じたい」と伝え、書き下ろし曲の制作を依頼しました。

 

こんな素直なレディオヘッド見たことない!

普段の彼らなら、にべもなく断りそうなものですが、さすがイギリスの誇り、ジェームズ・ボンド。バンドは新曲の制作を受諾します。当時取り組んでいた9作目のアルバム『A Moon Shaped Pool』の作業を止めてまで、楽曲制作に取り掛かったというのだから、気合の入れようが伺えますよね。

そうして制作されたのがこの曲「Spectre」なのです。

楽曲名が、映画名そのままなのは、アデルへのオマージュでもありますが、きっと「映画のためだけに書かれたように」と言われたことへの当て付けでしょう。トムの若干の苛立ちを感じますよね(笑)

そして見事、映画「Spectre」の主題歌は、2015年のアカデミー歌曲賞を受賞したのです!

・・・あれ? でも、レディオヘッドがそんなメジャーな賞を受賞したなんて聞いたことないですよね? それもそのはず。実は「Spectre」という楽曲は、最終的に映画に採用されなかったのです…!

 

幻のアカデミー歌曲賞

楽曲の差し戻しがあったため、再度の制作には時間が必要となりました。そして、そうこうしている間にも、映画公開の期限は迫ってきます。事前に、制作陣はレディオヘッドから楽曲が届かないことも考慮し、保険のためにサム・スミスにも楽曲提供を依頼していました。そして上がってきたのが「ライティングズ・オン・ザ・ウォール」です。曲に深みはありませんが、王道のバラードで、保険としては十分です。そしていよいよレディオヘッドが曲を完成させた頃には、映画の制作はかなり進んでしまっており、すでにタイトル・シーケンスにはサム・スミスの楽曲が組み込まれていました。

監督のメンデスは、レディオヘッドから届いた楽曲に感銘を受け、せめてどこかのシーンで使おうとしました。ただ、存在感のありすぎるオーケストラと、叙情的で意味深な歌詞のせいで、挿入する部分が全く見つかりませんでした。後にメンデスは「まったくの悪夢でした... 私たちはこの美しい曲を持っていましたが、映画に使用することができなかったんです...」と後悔の念を吐露しています。

こうして正式に、映画の主題歌としてサム・スミスの「ライティングズ・オン・ザ・ウォール」が採用されました。この王道の楽曲は、前述のアカデミー歌曲賞に加え、ゴールデングローブ賞、全英シングルチャート1位を獲得するなど、主要な歌曲賞を総なめする事となりました。

ただ一方で、批評家からの評価は決して高くないようです。多くの批評家は「良い曲ではあるが、ボンド・シリーズの栄光あるテーマソングに名を連ねることはないだろう」と評し、音楽レビューサイト、ステレオガムのChris DeVilleに至っては、直接的に「ライティングズ・オン・ザ・ウォール」がゴールデングローブ賞を受賞したあとにも「2曲を比べれば、レディオヘッドの曲のほうが優れている」と評したほどです。

もし「Spectre」が映画に採用されていれば…と考えると、ファンとしてはちょっぴり残念ですね!

ちなみに後日談として、プロデューサーのナイジェル・ゴドリッチはこの騒動について「本当にエネルギーの浪費」とため息をつき、トムは「(採用されなかったのは)俺が知る限り、ただの政治」と憤っていたようです。一方で、ジョニーは「ぼくらがやったことは、この映画にはふさわしくなかった。だからこの曲は自分たちのものになった。良いことでしょ」とおどけていたようです。

 

歌詞解説:21世紀のジェームズ・ボンドが抱える「弱さ」

それでは、歌詞を見ていきましょう。

この曲の主人公は、もちろんジェームズ・ボンドです。そして、曲のテーマはボンドの持つ「弱さ」となっています。

ジェームズ・ボンドといえば、すべてのイギリス人にとって憧れのヒーローです。いつもクールに仕事をこなす秘密情報部のエージェント。整った顔立ちと知的さ。そしていつも傍らにはグラマーな美女が。そんな誰もが羨む完璧人間のイメージですよね。

でも「Spectre」を含む4部作のダニエル・クレイグ演じる6代目ボンドは、全く新しい21世紀のボンドを提示しました。それはステレオタイプなボンド像から距離を置き、傷付き、苦悩する感情豊かな一人の人間の姿でした。

当初はこの大転換に、ファンやメディアからバッシングが相次ぎましたが、その後作品が公開されるやいなや、手のひらを返したように高く評価され、結果的にはクレイグの6代目ボンドの4作品は、シリーズ最高の興行収入を記録することになりました。

(まさに21世紀という不安定な時代を映しています)

 

彷徨う 私は幽霊
家を失い 寄辺を奪われ

クレイグ版ジェームズ・ボンドは、任務を遂行する傍ら、大切なものを失い続ける運命にあります。生まれた家を焼き払われ、愛した女性を亡くし、慕っていた上官を亡くします。

 

渇きが 銃弾の穴を燃やす
ああ亡霊よ 私の死にゆく魂よ

しかし彼にはそんな生き方しかできないのです。愛を求める心(渇き)を抱きながら、彼は今日も銃で敵を射抜くのです。(銃弾の穴は、ジェームズ・ボンドのトレードマークですね!)

トムはそんなボンドの境遇を「亡霊」と重ね合わせました。すり減りながら、ただ任務のためだけに生きている姿。最強のスパイをそんな風に表現しちゃうなんて。闇が深すぎて…確かに映画的には使いにくかったことでしょう...。

私が目にした ただひとつの真実
君が私に 唇を寄せたときに気づいた
どんな未来も 過去に偽られるということに

(中略)

恐怖は私たちに 魔法をかける
いつも愛が 二の次になるようにと...

ボンドは常に極限の中にいます。でも21世紀のボンドは「人間」なのです。彼にも支えになる何かが絶対に必要です。それがボンドにとってのヒロインであり、愛なのです。

ただし、ボンドは心から愛に身を捧げることができません。自分の過去、汚してきた両手が、それを許さないのです。ボンドの未来は栄光なんかではないのです。愛する人と2人きりになる、そのベッドの上ですら、彼の心は休まることがないのです。

「恐怖」は常にボンドのそばにいます。自身が殺されるかもしれない、愛する人を失うかもしれない、信頼していた人に裏切られるかもしれない。そして未来永劫、孤独のまま一人彷徨うことになるかもしれない。

彼は「愛」という最後の希望すら手に入れることができないのです。

ああ亡霊が 私を迎えに来たのだ

ストリングスが、トムの嘆願するようなファルセットを飲み込みます。それはまるで運命の波に飲み込まれる弱い人間の姿のようです。そして余韻を残し、唐突に楽曲は終わります。

 

 

あとがき

いかがでしょうか。

この曲を知らなかった方も、お気に入りの1曲に加えてもらえれば嬉しいです。また、トムが実在の(?)人物を主人公に歌詞を書くことは、そう多くないので、純粋に詩人としてのセンスを垣間見ることができて嬉しいですよね。

ちなみに私はこの楽曲がめちゃくちゃ好きで、自前のプレイリストには必ず入れるようにしてます。本国では「Burn the Witch」のB面として世に出たそうですが、アルバム未収録なのがもったいないくらい、完璧な出来ですよね。

いつか本当に映画のテーマソングを書いてほしいものです!

(ジョニー名義じゃなく、ぜひレディオヘッド名義で!)

 

 

【登場した楽曲】

サム・スミス「ライティングズ・オン・ザ・ウォール」

アデル「スカイフォール」

 

 

参考リンク

 

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