Hail To The Thiefの中核を為すギターロック。
PVではストップモーションアニメーションでトムを人形の世界にいざなった。MTV 最優秀アートディレクション賞も受賞。
【歌詞】
In pitch dark
I go walking in your landscape
Broken branches Trip me as I speak
Just 'cause you feel it
Doesn't mean it's there
Just 'cause you feel it
Doesn't mean it's there
There's always a siren, singing you to shipwreck
(Don't reach out, don't reach out)
Steer away from these rocks
We'd be a walking disaster
(Don't reach out, don't reach out)
Just 'cause you feel it
Doesn't mean it's there
(Someone on your shoulder)
Just 'cause you feel it
Doesn't mean it's there
(Someone on your shoulder)
There, there
Why so green and lonely? Lonely? lonely?
Heaven sent you to me, To me, to me
We are accidents waiting
Waiting to happen
We are accidents waiting
Waiting to happen
【和訳】
暗闇の中で
違う世界へと踏み入れる
喋ろうとするたびに
折れた木枝に足を取られる
感じるからといって
本当にあるとは限らない
感じるからといって
本当にあるとは限らない
そこではいつもセイレーンが
きみを難破させようと歌っている
(手を伸ばすな 手を伸ばすな)
その岩礁から離れたところを進め
ぼくらは歩く災害なんだから
(手を伸ばすな 手を伸ばすな)
感じるからといって
本当にあるとは限らない
(誰かがあんたの肩に乗ってる)
感じるからといって
本当にあるとは限らない
(誰かがあんたの肩に乗ってる)
There, there(よしよし)
どうしてそんなに青ざめて寂しそうなの?
寂そうに 寂そうに…
神様が君を贈ってくれたのに
僕に 僕に 僕に…
ぼくらは災難だ
今にも起きそうな 今にも起きそうな
ぼくらは災難だ
今にも起きそうな 今にも起きそうな
【解説】
9.11とイラク戦争、先の見えない争いとテロリズムの恐怖。
『There, there』が発表された2000年代初頭はブッシュ政権下のアメリカを中心に、世界が揺れ動いた時代でした。
この曲が産声を上げたのは『Kid A』のレコーディング期(2000年〜2001年)と言われています。そこから長期間アレンジと格闘した末、2003年の『Hail to The Thief』に収録されました。その間に起こった9.11の影響で、歌詞も重みを帯びることとなりました。
同時期の様々なアーティストと同様、『Hail to The Thief』というアルバムは、そんな時代を色濃く反映した作品となっています。そして『There, there』はその中心楽曲として発表されました。
2003年とはどんな時代だったのか
当時アメリカ国民は、建国初の国土攻撃にヒステリックになっていました。そしてテロに報復するため、国民はブッシュを支持し、戦争へと足を踏み入れました。しかし数ヶ月が経ち、1年が過ぎ、雲行きが怪しくなってきました。アフガニスタンとイラクを崩壊させた後もテロの恐怖は消えなかったのです。むしろ、その恐怖は増すばかりでした。政権を倒しても、指導者を殺害しても、テロの連鎖は終わらない。国民は恐れました。「・・一体何が起きているんだ?」と。
そのような中、多くの文化人・知識人たちは既に「本当にこれでいいのか?」と声を上げていました。「正義」が生むのは混沌だけで、平穏じゃないと。トム(もといレディオヘッドメンバー)はその代表で、もっと理性的になるべきだと伝え続けていました。『Hail to The Thief』というアルバムはその警鐘としての意味を持つことになりました。
「正義」がもたらしたものは・・・
文化人たちは当時から既に理解していました。アルカイダがテロを起こしたのは、アメリカを打倒するためではなかったことを。そんなことができるとは彼らも思っていません。9.11の目的はアメリカという巨人を混沌の渦に引きずり込み、世界をめちゃくちゃにしてもらうためだったのです。
アメリカがイラクを破壊すれば、中東のパワーバランスが崩れる。そして世界のバランスが塗り替えられる。そこには多くの「隙間」が生まれ、最弱の手札でも勝ち上がれる可能性が生まれる。テロリストが求めていたのはまさにそれでした。アメリカのイラク攻撃は、結果的に彼らにとって理想の状況を作り出してしまったのです。
でも当時の国民はそんなこと考えもしませんでした。「やられたらやり返す。倍返しだ!」と声高に叫び、そしてブッシュとブレアは「国民の声」をうまく政治に利用しました。国民はあとになって気付くんです。すべては感情的で意味のない行為だったと。
テロの成功を決定づけるのは、テロ被害の大きさではありません。テロを成功させるのは、「正義」という感情のもとに、テロリストの望んだ通りに動いてしまう人々自身なのです。「いつテロに巻き込まれるか」という恐怖が、オイディプス症候群のように、結果的に人々を最も望まない方向に突き動かしていったのです。
セイレーンの歌声、肩に乗る者の囁き
さて、このような当時の社会情勢を念頭に置きながら歌詞を見ていきましょう。
暗闇の中で
違う世界へと踏み入れる喋ろうとするたびに
折れた木枝に足を取られる
「暗闇(Pitch Dark)」は当時の不穏な社会の暗喩です。この世界では正しいことを言おうとしても「枝に足を取られる」のです。みなが一様に戦争賛成、ブッシュ万歳と言っているのですから。
感じるからといって
本当にあるとは限らない
(誰かがあんたの肩に乗ってる)そこではいつもセイレーンが
きみを難破させようと歌っている
(手を伸ばすな 手を伸ばすな)
「感じるからと言って――」の部分は、人々が見えないものに動かされている不条理さへの警鐘でとなっています。それはテロの恐怖であったり、世論や風潮であったりします。とにかくリアルじゃないものです。
「セイレーンがきみを難破させようと――」と「誰かがあんたの肩に乗ってる」の部分は同じ意味を表しています。トムの言説によると「(ブッシュもブレアも)何者かが肩で囁いて操っているんだよ」ということらしいです。村上春樹の「羊憑き」みたいなものをイメージしたら良さそうです。人が人として愚かな選択をしているのは認めたくなかったんでしょうね。(罪を憎んで人を憎まず...といえば聞こえは良いですが...)
ぼくらは歩く災害。今にも起きそうな。
そして以下の表現が、この曲の骨子となっています。
ぼくらは歩く災害なんだから
(手を伸ばすな 手を伸ばすな)ぼくらは災難だ
今にも起きそうな 今にも起きそうな
ここで大事なのは主語です。「歩く災害」にしても「いまにも起こりそうな災難」にしても、主語は「僕らは(We)」なんです。「彼ら(They)」でも「お前(You)」でもなく「僕ら」なんです。こういうところが、本当にレディオヘッドというバンドはすごいなと感じます。普通のアーティストは、戦争反対だーとか、人類みな兄弟ーとか、そういうことを歌ってたんです。でも彼らだけは違いました。
ぼくらは歩く災害だ
テロリストを生んだのも、恐怖で世界を覆い尽くしたのも、みんなぼくら人間がやったことだと歌っているんです。でもぼくたちには自覚はありません。でもそうなのです。アルカイダも結局のところ湾岸戦争の亡霊みたいなもので、前世代のアメリカ国民の選択が生んだ落し子なのです。当時の国民も選挙で大統領を選んだだけでしょう。もちろん数十年後にニューヨークに飛行機が突っ込むなんて考えなかったに違いありません。でも無から生まれる報復なんてないんです。
これは決して過去の出来事じゃありません。このイラク戦争の落し子がイスラム国であるという事実は、私達が過去から学んでいないことを表しているようです。私達は何故こんな過ちを繰り返すのでしょうか? トムは「肩に乗る何者か」にそそのかされてるんだ、と擁護してくれます。でもこれは皮肉なのです。
正義がどうだとか、悪には鉄槌をとか、そういうものはファンタジーやドラマの世界で十分です。
私達がまず最初に向き合うべきものは、私達こそが災害を生んでいる張本人なんだと自覚することです。
さていかかがでしたか? 『There, There』は、2000年代の不穏な空気感をうまく表現した楽曲です。『Hail to The Thief』というアルバムには背後に「本当に世界は堕ちていってるのかもしれない」という焦燥感が透けて見えます。そこが本当に魅力的な作品です。