深読み、Radiohead通信|歌詞和訳と曲の解釈

Radioheadの歌詞を和訳してます。トムの心境やバンドのエピソードも交えながら「こう聴くとめちゃ深くなるよ」といった独自解釈を添えてます。

【歌詞和訳】Bending Hectic / The Smile - トム史上最もパワフルな楽曲

The Smile「Bending Hectic」(ベンディング・ヘクティック)の日本語訳です。
展開が目まぐるしく移り変わる楽曲であり、8分はRadioheadの楽曲と比べても最長です。

目まぐるしくかわる展開は、一聴すると実験的な楽曲にも聴こえます。しかし、考察してみると、これは明確なプロットのもとに、必然性をもって作られた作品であることがわかります。

今回は「Bending Hectic」を深読み解説していきます。

【歌詞】

I'm changing down the gears
I'm slamming on the brakes
A vintage soft top from the sixties

We're coming to a bend now
Skidding 'round the hairpin
A sheer drop down
The Italian mountainside

And time is kind of frozen
As you're gazing at the view
And I swear I'm seeing double

No one's gonna bring me down, no
No way and no how
I'm letting go of the wheel
It might be as well
It might be as well

I've got these slings
I've got these arrows
I'll force myself to
I've got these slings
I've got these arrows
I'll forcе myself to
Turn, turn

The ground is coming for me now
Wе've gone over the edge
If you've got something to say
Say it now

No one's gonna bring me down, no
No way and no how
I'm letting go of the wheel

(:strings)

Despite these slings
Despite these arrows
I'll force myself to
Despite these slings
Despite these arrows
I'll force myself to
Turn, turn

Turn
Turn
Turn
Turn

※slings and arrows ... 「(自分のせいではない)問題や困難」を表す慣用句。シェイクスピアの戯曲「ハムレット」のセリフに由来

【和訳】

ぼくはギアを下げて
ブレーキを踏み込む
60年代のヴィンテージオープンカー

ぼくらは曲がり角を前に
ヘアピンカーブで スリップして
絶望的に 崖から落ちる
イタリアの山肌を

時間が凍りついた みたいだ
きみが眺めを じっと見ている
ぼくには世界が 二重に見えている

もう誰も ぼくを打ちのめすことはない そう
もう絶対に まったくないんだ
ぼくはハンドルを 手放す
それもいいのかもしれない
それもいいのかもしれない

ぼくは問題を 抱えてきた
ぼくは困難に 耐えてきた
ぼくはどうにか 自分を...
ぼくは問題を 抱えてきた
ぼくは困難に 耐えてきた
ぼくはどうにか 自分を
変えようと...
変えようと...

地面が 目前に迫っている
もう 一線を超えてしまった
もし言い残したことが あるなら
いま言って

もう誰も ぼくを打ちのめすことはない そう
もう絶対に まったくないんだ
ぼくはハンドルを 手放す...

(間奏)

どんな問題があろうと
どんな困難があろうと
ぼくは なんとしても...
どんな問題があろうと
どんな困難があろうと
ぼくは なんとしても 
変わってみせる
変わってみせる

変わってみせる
変わってみせる

【解説】

曲展開の謎について

感傷的な曲調は、幻想的な展開を経て、突如ストリングスの不協和音に飲み込まれます。そして一転、唐突なディストーションギターがストリングスに抗うように掻き鳴らされ、トムのファルセットによって曲は終わります。

「Bending Hectic」は2022年からThe Smileのライブで演奏されていました。しかしライブではストリングスの不協和音は表現されていません。わざわざスタジオ版でこの不思議な展開を挿入するからには、明確な意図があったはずです。それは何だったのでしょうか?

歌詞のアウトライン

歌詞を紐解くと、その謎が明らかになります。
順に見ていきましょう。

ぼくはギアを下げて
ブレーキを踏み込む
(中略)

絶望的に 崖から落ちる
イタリアの山肌を
(中略)

地面が 目前に迫っている
もう 一線を超えてしまった
もし言い残したことが あるなら
いま言って

情景はトムが彼女とともにイタリアの山道をドライブしている風景から始まります。

トムはよく車を歌詞の題材に利用しますね。トムは車を(「Killer Cars」や「Airbag」などにも見られるように、)日常における「死に最も近い存在」として用います。

「Bending Hectic」でも、やはり車は崖から落ちてしまいます。そして今回は愛する人をも巻き込み、絶対的な破滅をもたらすものとなっています。

ただし、いつもと違うのはその破滅を受け入れようとしている点です。

ぼくはハンドルを 手放す
それもいいのかもしれない

崖から落ちるさなか、トムはこの死を受け入れようとします。そこには悲観さはありません。むしろ死を望ましいとすら考えているようです。感傷的でいて美しいメロディが、その感情を見事に表現しています。

なぜトムはこれほど死を素直に受け入れるのでしょうか?
それは次の一節で明らかになります。

ぼくは問題を 抱えてきた
ぼくは困難に 耐えてきた
(中略)
もう誰も ぼくを打ちのめすことはない そう
もう絶対に まったくないんだ

そう。トムは今までの人生を、苦難に満ちたものだったと総括しているのです。落ち行く車の中で「(これで)もう誰も僕をbring me downできない」と皮肉めいているのです(もう絶望的に落下してますからね…)。むしろ死を救いとすら捉えているのです。

しかしこの楽曲は、死の肯定ではありません。

そう! 全く違うのです!

それこそが「Bending Hectic」が名曲と呼ばれるにふさわしい理由なのです。

不協和音をあえて入れた意味とは?

ここでストリングスの不協和音の意味が明らかになります。
そう。この不協和音は「死」を明確に表現するために入れられたものだったのです。ハンドルから手を放し、生きることを諦めたトムを容赦なく飲み込もうとする、絶対的な死です。(ハンドルから手を放す、というのは、人生の主導権を他者に委ねる隠喩としても、とても的を得た言葉選びです)

私は「Bending Hectic」の曲の長さを見て驚きました。全長8:00はRadioheadの楽曲を合わせても間違いなく最長です。なぜこんな長くする必要があったのかと。しかし、ストリングスのあとの展開を聴いて、私は激しく納得しました。

いままでのトムなら、間違いなく最後の展開は入れず、5分30秒あたりで(不協和音のピークで)楽曲を終えていたんです。それをしなかった理由は唯一つ。最後のディストーションギターのフェーズが「Bending Hectic」には絶対に必要だったのです。

生と死の狭間でのみ現れる、本物の意志

さきほどまでの感傷的な曲調から一転、トムはディストーションギターに乗せて叫びはじめます。

どんな問題があろうと
どんな困難があろうと
ぼくは なんとしても 
変わってみせる

そう! 破滅を甘んじて受け入れようとした、その生と死の狭間で、トムは考えを180度改めたのです。

トムが意志を叫びに乗せて表明する間にも、ストリングス(死のイメージ)はまだしつこくつきまとっています。トムの意志に纏わりつくように、執念深く追いかけて。

しかしトムはその「誘惑」を背に受けながら、固い決意を表明するのです。

「逃げることは容易いが、困難に向き合うことこそが人生なんだ」

そんなトムなりの、困難な時代に生きる我々へのメッセージを秘めた楽曲なのです。

<ジェリー的解釈>
「No Surprises」で「死んだって、生きていたってろくなことはないんだ」と歌っていたトムからは想像できない思想の変化です。これこそがトムの最新の思想であり、「Bending Hectic」を生み出すに至った原動力だったのです。

音楽だからこそ表現できた、精神の転回

この楽曲の素晴らしい点を、もう一つだけ挙げておきます。
それは、音楽だからこそ表現できた、精神的転回です。

トムの歌詞には、聞き手に情景を思い浮かべさせるものが多くあります。その中でも、本作「Bending Hectic」は、最も景色をイメージしやすい楽曲と言えるでしょう。

山道を車が走っている。
幸せに満ちたカップル。
しかしカーブを曲がりきれず、崖から落ちてしまう。
時間が止まって感じる

前述の通り、これらの情景は感傷的なメロディで表現されます。
その後、死を目前にして、精神の転回を迎え、力強いギターとともに逆境に抗うわけです。

これをもし、例えば、映像で表現したらどうなるでしょう?
崖から落ちた車がふわりと浮いて、そこからトムが叫びながら出てくるのでしょうか?
まさか! それは、もはやコメディです!

では、文学で表現したらどうでしょう?

ぼくは崖から落ちた。死に向かう中、閃光が走り、ぼくは気付いたんだ。生きることの意味ってやつをさ...

台無しですよ! そして、絵画でも結果は同じです。

「Bending Hectic」で表現される転回の物語は、音楽でしか表現できなかったんです。トム・ヨークの類まれなる詩の才能と、ジョニーとトム・スキナーの卓越した音楽表現が合致したこのバンド、The Smileだからこそ生み出せた、傑作と言えるでしょう。

おわりに

いやあ、本当にすごい楽曲を作られたものです。トムの新たな到達点と言える、現時点での最高傑作です。

正直、2016年にRadioheadが『A Moon Shaped Pool』を出したとき、もう夢が終わってしまうと覚悟したんです。「このバンドでできることはすべてやった」。私はそんな雰囲気を感じ取ってしまったんです。それが、まさかこんな形で、夢の続きを見れるとは!

The Smileの1作目『A Light For Attracting Attention』も、もちろん素晴らしいんですよ? でもなんと言いますか……前ではなく、横にスライドした感がありまして……。あまりワクワクしなかったのが、正直な気持ちだったんです。

だからこそ、今回の「Bending Hectic」の発表はめちゃくちゃ嬉しかったですね! トムは本気だった! まだ私たちに、新しい風景を見せてくれる! 2作目のアルバムが本当に楽しみです!

ただ1点、気がかりもあります。
トムの思想が、この領域まで至ってしまうと、過去のRadiohead時代の楽曲の多くは古びてしまうわけです。特に厭世的な、現実逃避願望をうたった歌は、いまのトムにとっては「過去の産物」であるわけです。(例えば「No Surprises」や「Motion Picture Soundtrack」などを筆頭に)

もしいつか、Radioheadの活動が再開されたとして、それらの曲はもう演奏されないかもしれません。過去に「Creep」を封印したように。

でもどちらか一方だけを選べと言われたら、私は間違いなく「Bending Hectic」であり、今後生まれるであろう楽曲を選びます。それほどまでに、私はいまワクワクしています!

そしてここまで読んでくれたみなさま、ありがとうございます!
ともに歴史の証人として、これからの彼らの活躍を楽しみましょう!

【付録】「Bending Hectic」こぼれ話

ストリングスの不協和音

これはThe Beatlesの「A Day In The Life」へのオマージュでしょう。ジョンとポールの世界を隔てる仕切りのような役割。それをトムは生と死の仕切りとして利用しました。ただこれは一朝一夕に作れるものではありません。ジョニーのペンデレツキへの傾倒によるものが大きかったでしょう。

参考)売れっ子バンドの“頭脳”は現代音楽の作曲家! レディオヘッドのグリーンウッド

イタリアの情景

トムのソロアルバム『ANIMA』でもイタリアへの言及が見られました。これはトムの新しい伴侶、イタリア人女優のダヤーナ・ロンチョーネの存在が大きいです。

参考)トム・ヨーク、イタリア人女優ダヤーナ・ロンチョーネと結婚

車にまつわる死のイメージ

これは言わずもがな。昔トムが体験した自動車事故ですね。
ただし車のイメージを、ポジティブな(パワフルな)楽曲に利用したのは「Bending Hectic」が初めてです。

参考)NMEが選ぶ、あなたが知らないかもしれないレディオヘッドのトリビア30選 | NME Japan - 17. 自動車事故の影響

録って出しのギター

The Smileのスタジオ録音は総じて、あまり手を加えていないように感じます。今回の楽曲も、一発どりにも思われる伸びやかな演奏でしたね。プロデューサーの欄からナイジェルの名前が消えていることも気になりますね(今作のプロデューサーはサム・ペッツ=デイヴィス)。もしかして次作は、よりフィジカルで自由な、人間性を全面に打ち出したものになるのでしょうか。楽しみですね!

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