トム・ヨークの3枚目のソロアルバム『ANIMA』に収録されたテクノロック。Netflixで配信された映像作品のリードトラックにもなっている。
【歌詞】
Who are these people?
I'm in black treacle
Cue sliding violin in sympathy
But I'm not running
Enough of broken glass
Enough so I can leave
The dancing feet
A fortune teller
Seabird feather
Cue the sliding violins in sympathy, yeah
But I'm not running
Enough of broken glass
Enough so I can leave
My dancing feet
【日本語訳】
この人達は誰なんだ?
ぼくは黒い蜜の中にいる
バイオリンの合図を出せ
共感のもとに
でもぼくは走るわけでもなく
割れたガラス片を超えて
できる限り離れようとする
脚は踊っている
占い師
海鳥の羽
バイオリンの合図を出せ
共感のもとに
でもぼくは走るわけでもなく
割れたガラス片を超えて
できる限り離れようとする
ぼくの脚は踊っている
【歌詞解説】
『Not The News』(これはニュースではない)
ようやく歌詞の解説です。
歌詞は断片的でとりとめがないですが、きっと主人公が知らないうちに何かに巻き込まれている様子を描いているのだと思われます。
この人達は誰なんだ?
ぼくは黒い蜜の中にいる
バイオリンの合図を出せ
共感のもとに
訳では語呂のため「バイオリン」と表記しましたが、歌詞では「スライド・バイオリン」と歌っています。スライド・バイオリンとはその名の通り、バイオリンをスライド奏法するやつです。この曲のバックにも多用されています。
(ウィィィーンと音が上がっていっている、その音です)
音としては高揚感を誘う効果がありますが、同時に加速していく恐怖や不安をも内包しています。加速していく社会に取り残されている自分、みたいな意味を込めたのではないでしょうか。私たちが気付いたときには、既にそれは始まっているのです。
もしドラマの主人公なら、先頭を切って皆を誘導するでしょう。敵がいればさっそうと立ち向かうのでしょう。でも現実ならきっとそんな風にはなりません。
でもぼくは走るわけでもなく
割れたガラス片を超えて
できる限り離れようとする
脚は踊っている
割れたガラスが足元に散らばっているので、ゆっくりとそれを避けるように歩きます。そしてあなたはこの悲惨なところから離れようとします。
これはいままでテレビを通して見ていた風景です。あなたがいつも「向こう側」の出来事として見ていた景色です。それがいま現実として目の前に広がっています。これはニュースではない(Not The News)のです。
そのふらふらとした足取りはまるで、ダンスのステップを踏んでいるみたいに見えます。そんな自分が情けなくて「僕の脚は踊っている」と揶揄するのです。
占い師
海鳥の羽
トムが占い師みたいなものを明示的に描くのは珍しいです。
きっと「もう起こるのは確定しているんだよ」という暗示でしょう。(「羽」は市街爆撃のあとに舞う書類やホコリの暗喩でしょうか)
ありえないと思っていたことが現実に起きたら、きっとヒーローみたいには振る舞えない。この歌はそんなリアリティを私たちに突きつけてくるようです。
・・・とここまで書きましたが、この曲には本当にいろんな解釈がありそうなんですよね。
この人達は誰なんだ?
ぼくは黒い蜜の中にいる
「この人達」は直接の「誰か」というよりも、『Burn The Witch』の「不特定の民衆」みたいなものかも・・とも思えますし、そもそも「黒い蜜」が何の比喩なのか正直よくわかりません。(イギリスでもただの商品名みたいですし)
rockin'onの8月号(2019年)のインタビューでも、トムは「言葉を選ぶのが意外に難しいんだよ」と告白していたように、単に歌として心地いい単語を選んだだけとも言えますしね・・。
みなさんの解釈もぜひ聞いてみたいです。
<あわせて読むとさらに深読み>