「Motion Picture Soundtrack」はレディオヘッド4作目のアルバム『Kid A』を締め括る一曲。オルガンとサンプリングされたハープの音色は「映画のサウンドトラック」の名の通り美しいが、曲のテーマは皮肉なほど重々しく、聴く者の心を締め付ける。
この記事では「Motion Picture Soundtrack」の意味を独自の解釈で解説しています。
和訳
赤ワインと睡眠薬が
ぼくを君の腕へ連れ戻してくれる
くだらないセックスと悲しい映画が
ぼくをこの場所に縛り付ける
みんなおかしいよ きっと
みんなおかしいよ きっとね
手紙はもう送らないで
言葉は消えてしまうものだから
これは映画なんかじゃないんだ
映画はつまらない言葉をくれるだけ
みんなおかしいよ きっと
みんなおかしいよ きっとね
君に会いに行くよ あの世でさ
歌詞
Red wine and sleeping pills
Help me get back to your arms
Cheap sex and sad films
Help me get where I belong
I think you're crazy, maybe
I think you're crazy, maybe
Stop sending letters
Letters always get burned
It's not like the movies
They fed us on little white lies
I think you're crazy, maybe
I think you're crazy, maybe
I will see you in the next life
解説
キーワード解説
"little white lies" は一般的に「優しい嘘」とか「罪のない嘘」と訳されますが、もっと一般的な「社交辞令(思ってもないこと)」のニュアンスが含まれます。ここでは、上面だけの中身がない言葉をイメージしましょう。
"the next life"は「あの世」と捉えましょう。日本人の私たちは自然に「来世」を想像してしまいますが、キリスト圏のヨーロッパで「次の世界」というと、それは死後の世界であり、天国なのです。
意味のない言葉
「little white lies」(思ってもないこと/意味のない言葉)という単語は『Kid A』の表題曲「Kid A」にも出てきましたね。同じキーワードを、アルバムの冒頭と締めくくりの曲に持ってきたのには、それだけの意味があると考えざるを得ません。
とどのつまり『Kid A』というアルバムは、トムが世界を信じられなくなったことに端を発しているのです。
あの世と現実世界
冒頭の一節で、主人公が置かれている状況が見えてきます。
赤ワインと睡眠薬が
ぼくを君の腕へ連れ戻してくれる
くだらないセックスと悲しい映画が
ぼくをこの場所に縛り付ける
この2つのパラグラフは対比になっています。赤ワインと睡眠薬は精神に作用するものとして描かれ、セックスと映画は肉体と心に作用するものとして描かれます。
鬱になった(または近い精神状態になった)人ならわかると思います。何もかもが無価値に思えて、精神だけ研ぎ澄まされている状態。ここでいう「君」とは、自分を救ってくれる天使のようなものです。もちろん架空の存在なのですが、この状態では、あちらの世界こそが自分の居場所だと思い込んでいるのです。(「Lift」も同じテーマでしたね)
ただセックスで快楽を味わったり、心を傷めることがあると、肉体や心の存在を思い出してしまうんです。「ああそうだ、ぼくはこの器に閉じ込められたちっぽけな存在だったのだ」と認識させられてしまうんです。
世界がわからなくなってしまった
I think you're crazy, maybe
みんなおかしいよ きっと
なぜこんなに生きにくいのか。なぜ世界はうまく回っているのに、自分は溶け込めないのか。なぜみんなくだらない言葉で笑ったり悲しんだりしているのか。世界は何のためにあるのか?
トムには世界がわからなくなってしまっているのです。歌詞の対象は"You"なので「きみはおかしい」としても良いですが、この「きみ」は世界を指しているのです。だから「みんなおかしい」と訳しています。
ただ、みんながおかしいのか、それとも自分がおかしいのかすらもわからなくなっているので、"maybe"がついているのです。それほどまでに生きる価値や目的を喪失してしまっているわけですね...。
ここから先は、胸が詰まるので筆を置くことにします。
あとがき
トムと同じような心理状態を経験した人は、私を含め、少なくないと思います。今の世の中、多かれ少なかれ、厭世感や疎外感が私たちの根底に存在します。私たちがトムに惹かれる理由の一つは、あの息が詰まるような日々を、私たちの代表として告白してくれるからでしょう。しかもこれほど美しい楽曲として。
そしてトムがこのような楽曲を世に出した後も、シーンの最前線で音楽を作り続けていることは、ぼくらにとって希望でもあり勇気の源にもなっています。
2021年11月5日発売の『Kid A Mnesia』は本当に楽しみですね。未発表曲といくつかの曲の未発表アレンジが収録される予定です。また感想も記事にしたいですね。
そのときはぜひお越しいただけると幸いです。
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